マネジメント

考える病院経営②「経営とはなにか考える」

経営とは何か考える

経営とは何だろうか?辞書をみると、事業目的を達成するために、継続的・計画的に意思決定を行なって実行に移し、事業を管理・遂行すること、というふうに書いてある。

すなわち、経営というものは

  1. 目的を持っている
  2. 意思決定をする
  3. 管理体制をもつ
  4. 実行する

このほかに事業継続性が必要で計画を持っているということが言える。1~4についてそれぞれ考え、またそれらを別の角度から統合して、5つの経営能力について提案する。

1.目的を持っている

組織は通常目的をもっており、理念やビジョンとして組織の目的を掲げている。

松下幸之助は下記のような言葉を残している。

企業は存在することが社会にとって有益なのかどうかを世間大衆から問われていますが、それに答えるものが経営理念です。つまり、経営者は他から問われると問われざるとにかかわらず、この会社は何のために存在しているのかそしてこの会社をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのかという企業のあり方について、みずからに問い、みずから答えるものを持たなくてはならない。言い換えれば、確固たる経営理念を持たなくてはならないということです。

これは企業・会社を病院と言い換えてもそのまま当てはまる。医療機関の場合、患者さんのために、という前提となるプロフェッショナリズムを個々に持つがために、かえって組織一丸となって進むための理念への意識が薄いかもしれない。しかしながら組織の分野に限らず経営をしていく上で理念は重要とされる。例えば、京セラの会長の稲森和夫氏はJALの再建をするときに、まずJALの職員にJAL philosophyという理念をまとめさせた。その理念に則って経営計画を練り見事再建に成功している。また、マッキンゼー出身のジェームズ・C・コリンズと、GE出身のスタンフォード大学教授ジェリー・I・ポラスの書籍『ビジョナリー・カンパニー』のなかで、世代を超えて繁栄している卓越した企業の特徴は、カリスマ経営社や革新的なアイデアではなく、独自の理念を持ち組織に浸透していることであるとされている。


ではその理念やビジョンをつくり達成するための能力にはどのようなものがあるだろうか。ハーバード大学経営学部教授のロバート・カッツ氏は下記の図のようなモデルを提唱している。

カッツモデルでは、マネジメントをトップマネジメント、ミドルマネジメント、ローワーマネジメントの三層にわけると、全層にわたってヒューマンスキルを必要とされ、ローワーマネジメントではテクニカルスキルが求められる一方でトップマネジメントになるほどコンセプチュアルスキルが重要になってくるとされる。

コンセプチュアルスキルは一般的には知識や情報などを体系的に組み合わせ、複雑な事象を概念化することにより、物事の本質を把握する能力であるとされるが、カッツのいうコンセプチュアルスキルとは、企業を全体として見る能力を意味し、組織のさまざまな機能がどのように互いに依存し、ある部分の変化が他のすべてにどのように影響するかを認識する能力であるとされ、個々のビジネスと産業、コミュニティ、国全体の政治、社会、経済の力との関係を可視化することにまで及ぶ。これらの関係を認識し、あらゆる状況における重要な要素を認識することで、管理者は組織全体の福祉を増進させる方法で行動することができるとされる。上層部のリーダーがコンセプチュアルスキルをもっとも活用するが、下位のリーダーに不要なスキルというわけでは無く、すべてのリーダーが組織の目標や価値観を理解し、その醸成に関与しなければならない。

2.意思決定をする

経営とは意思決定の連続であるとされ、ピーター・ドラッカーは以下の様な言葉を残している。

組織の活動や業績に実質的な貢献をなすべき知識労働者は、すべてエグゼクティブである。組織の活動や業績とは、企業の場合新製品を出すことであり、市場で大きなシェアを獲得することである。病院の場合は、患者に優れた医療サービスを提供することである。組織のそのような能力に実質的な影響を及ぼすために、知識労働者は意思決定をしなければならない。命令に従って行動すればよいというわけにはいかない。自らの貢献について責任を負わなければならない。

組織における意思決定に関係する項目として、以下が挙げられる。

  • 1)理念 何を大事にしている?意思決定の根拠となる
  • 2)組織 どういう体制で決定している?ガバナンスに直結する
  • 3)会議のオーナーシップ 会議でどのような意思決定を下すのか?
  • 4)プロセス 意思決定のプロセスは適切か?メンバーの巻き込みは?
  • 5)意思決定材料 意思決定の根拠を客観化できているか?

1)理念

意思決定する際に、どのような意思決定が組織にとって正しいか、何にもとづいてその決定を下すのか、その拠り所となるのが理念やポリシーといえる。理念やポリシーが浸透している組織では、部下に権限委譲していても的外れな方向に進むリスクが小さい。

2)組織

健全な意思決定のためには健全な組織体制が必要となる。健全な組織体制のためには、決裁権限の上下関係が正しく整えられているか、適切な規定が設けられているかなどの観点が重要である。例えば、経営方針に大きく関わる決裁が組織の縦割りにより部分最適化の力学が働き部門間で協力できない事例、病院理事と執行部の疎通性が悪く病院執行部の意思決定が法人理事会で覆される、病院と議会の意思決定が乖離する公的機関など意思決定構造の2重化の事例、そもそも重要な案件が規定の不備で会議に諮られない事例など、組織構造や規定が適切でない場合、経営のための正しい意思決定は困難な場合がある。

また組織や意思決定の会議の構成員が適切かどうかも適切な意思決定のためには重要である。ノーベル経済学賞を受賞したカーネギーメロン大学のハーバート・A・サイモンは著書経営行動の中で以下の様な記載を残している。

「組織という言葉は、意思決定とその実行過程を含めて、人間集団におけるコミュニケーションとその関係のパターンを意味する。このパターンは組織のメンバーに、意思決定に投入される情報と仮定、目標、そして態度の多くを提供し、組織の他のグループのメンバーが何をしていて、彼らが他人の言動に対してどのように反応するか、といった事に関する安定的で理解可能な一組の期待を与える。社会学者はこのパターンを「役割システム」と呼んでいる」

意思決定の会議においては、正しい意思決定のために想定される役割を負ったメンバーが含まれている必要があり、会議の構成員の適切な選定は適切な意思決定のために重要な事項である。また、どのようなメンバーが望ましいか判断するためには前述のコンセプチュアルスキルが求められると考えられる。

3)会議のオーナーシップ

意思決定の会議には議論する事項に責任を持つリーダーがオーナーシップを持つ必要がある。すなわち、会議の結果に責任を持つ人が、こうしたいという方向性を示して、議論をリードして、どういう意思決定をしたいのか、落としどころはどこに持って行くのか導いていく必要がある。オーナーの役割としては、参加者の選出会議の招集議事進行ファシリテーション決定事項の進捗確認議事録の作成を含む。会議のクロージングにおいては何を、誰が、いつ行なう事になったのか、会議の結果を明示することが望ましい。

4)プロセス

意思決定のための会議のプロセスが正しいかどうかにより意思決定の質に影響を与える。

ここでは規定の遵守、手続き的正義とファシリテーションについて取り上げる。

1.規定の遵守

重要な意思決定に関する手続きは基本的に規定に定めておくべき。その規定を遵守することにより意思決定の質を担保する。形骸化しているようなら規定を適切に改変するなりの対応が必要となる。

2.手続き的正義

Daniels and Sabin(2008)は「手続き的正義」を意思決定のプロセスに

取り入れるべきとしている。すなわち、

  • ①決定された内容とその理由が万人に公開されること
  • ②資源が価格に見合った価値を提供していることの合理的な説明がなされること
  • ③決定に対して議論や異議申し立てをする機会があること
  • ④上記のプロセスを保障するような規制が備えられていること

が重要とされる。

公開した会議の結果をパブリックコメントすることなどはこの手続き正義を踏まえた意思決定方法であると言える。

3.ファシリテーション

問題解決型のファシリテーションスキルとして以下の4点が挙げられる

  • ①場のデザインのスキル
  •    チーム設計、プロセス設計、アイスブレーク
  • ②対人関係スキル
  •  傾聴と質問、非言語メッセージ、非攻撃的自己主張
  • ③構造化スキル
  •    論理コミュニケーション、ファシリテーショングラフィック、フレームワークの活用
  • ④合意形成スキル
  •    意思決定手法、コンフリクトマネージメント、フィードバック

効果的なファシリテーションは意思決定の質を高める作用がある。

時にはリーダーが自分自身で意思決定する必要がある場面も存在する。Andrew S. Groveは著書High Output Managementの中で以下の6点を自問自答するが良いとしている

  • 1.どのような意思決定をする必要があるのか
  • 2.それはいつ決めなければならないのか
  • 3.誰がきめるのか
  • 4.意思決定をする前に相談する必要があるのは誰か
  • 5.その意思決定を承認あるいは否認するのは誰か
  • 6.その意思決定を知らせる必要がある人は誰か

5)意思決定材料

適切な意思決定のためには意思決定のための適切な材料が必要となる。すなわち、資料の作り方自体と、人、物、金などの状況をできる限り正確に現した情報が必要となる。資料を作成する際には、何を意思決定してもらいたいのか、なぜその意思決定が必要なのか、どのような選択肢があり、ある選択が望ましい時には選択の根拠を示す必要がある。資料の作り方については別項を設けて詳しく解説したい。

3.管理体制を持つ

組織を管理する上では相応の管理体制を持つ必要がある。統計的品質管理を説いた。デミングは管理体制について以下の様な言葉を残している。

失敗の理由の85%は従業員ではなくシステムとプロセスの不備です。

経営者の役割は個人に責任を求めるのではなくプロセスを変えることです。

マネージャーは与えられた、もしくは自ら構築した組織体制、人事体制の下、目標管理やその達成のプロセス管理をする。

マネージャー = なんとかする人

であり、根源的には仕事に責任を持っているのはマネージャーであって、部下が勝手になんとかする事を求めるのではマネジメントとは言えない。マネージャーはその上司からある部門、ある仕事について一定の成果を上げる事を期待され任されており、通常単独では達成困難なことから人員、設備や予算といった権限を与えられている。

そもそも、何を任されているのか、何を望まれているのかを理解することからマネージャーの仕事は始まる。どんな職位であっても、二つ上の職位の視点で物事を考えることは、上司はどう考えているか、目的は何か、そのためにどのような意思決定や優先順位付けが求められるか、そのために自分がどのように動くべきか俯瞰することに役立つ。

一方で、マイクロマネジメント(上司やリーダーが部下の行動を細かく管理・チェックし、過干渉してしまうマネジメント)は成果を挙げにくい場合が多い。部下の職務への理解が済んだ上では、部下に与える責任、自由、権力の程度を、マネージャーが安心して与えられる程度よりやや大きくする。マネージャーが全く不安を感じていない場合は十分に権限を与えられていないと思ってよい。この不安に思う要素の部分が部下の成長につながると考え、マネージャーとしてはシステムとプロセスについての枠組みを示し、職務を与える場合は常に部下を成長させる事を念頭にすることが重要となる。

4.実行する

実行に当たっては戦略や計画を持つ事が重要となる。吉田松陰は以下のような言葉を残している。

夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。

一方、日産自動車を再生させたカルロス・ゴーン氏は時代を反映したとも言える以下の言葉を述べている。

素晴らしい計画は不要だ。計画は5%、実行が95%だ。

 

この一見矛盾している様に見えるが、その差異がどこから来ているかについて考えると、一つには時代の違いというものが挙げられるだろう。

近年はVUCAの時代と言われる、VUCAはもともと冷戦終了後の複雑化した国際情勢を示す用語として、1990年代ごろから米軍で使用され始めた軍事用語である。

VUCAは以下の4語から構成される

  • Volatility  変動性  変動が激しい
  • Uncertainty 不確実性 不確実な事柄が多い
  • Complexity 複雑性  様々な要素・要因が複雑に絡み合っている
  • Ambiguity  曖昧性  絶対的な解決方法が見つからない曖昧な状態

VUCA時代に対しての処方箋となる行動様式としてOODAが重要であるとされる。

OODAとは以下の4語から構成される

  • Observe 観察
  • Orient 方向付け
  • Decide 決心
  • Act  行動

すなわち、観察し、どのような事が起きているか判断し方向付けし、どのような計画を実行するか決定し行動することが肝要とされる。カルロス・ゴーン氏の言葉「素晴らしい計画は不要だ。計画は5%、実行が95%だ。」というのは、OODAを言い換えたものに他ならないのではないかと筆者は考えている。

実行に当たっては、戦略を定め、OODAに則った柔軟な行動計画に基づいて行なうことが求められる。戦略の定め方や、実際にどのように進捗管理をしていくかは別項にて詳しく解説したい。

終わりに

以上、経営というのは

  1. 目的を持っている
  2. 意思決定をする
  3. 管理体制をもつ
  4. 実行する

という要素からなる事がわかる。

これらを達成するための能力を分類するとするならば、5つに分類できると筆者は考えている。すなわち、①概念化能力②しくみ化能力③実行力④情報収集力⑤コミュニケーション能力である。

  • ①概念化能力 物事を抽象化して本質に迫る。理念やミッションの設定や組織全体の把握感及び資源配分の最適化、戦略策定、汎化・水平思考など、ある枠組みの本質を捉えてそれを表現できる能力。
  • ②しくみ化能力 組織や会議体の構造、構成や意思決定の枠組み及び規定やマニュアルなどの業務のしくみ化、教育体制の構築など、制度作りをするための能力。
  • ③実行力 業務の進捗管理、段取り、職員や資源の管理、資料の作成、会議のファシリテーションなど、決まった方針について上手く前進させるための能力
  • ④情報収集・分析能力 法や制度や外部環境及び人事・財務・調達データなど内部環境の情報を収集して分析する能力
  • ⑤コミュニケーション能力 組織内外の相手に応じて自分を制御しつつ適切な意思疎通や伝達を図る能力。

また、リーダーシップは上記を色々な割合で組み合わせた複合的なものであると考え、別途扱っていく。

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